かくれぬらり

2.5次元の妄想。情報やレポはありません。感想と散文です。

The ONESと相乗効果について

V6のNewアルバム、「The ONES」が発売しました~~!!

 

全ての曲のMVを特典として付けるという未だかつてない豪華さに、え、大丈夫?何枚売れたらそれ元取れるの?6人にギャラ払われている?と不安で、不安で、未だに不安が拭いきれません!!

 

ただ、前作が超売れたからファンへのご褒美で豪華特典をつける訳ではなく、先に超豪華特典をつける事でファンの不安をあおって購買につなげるという斬新な購買促進方法で、さすがV6スタッフさんだなぁと思いました。変な言い方になっちゃいましたが、とても良い意味のつもりです…。私はV6と、V6の周りの人々の挑戦的でもあり、プライドもある仕事への取り組み方は、1社会人としてとても羨ましく感じます。今回の豪華な特典も、V6のファン層がある程度大人で社会人であるからこそ、良いものならば必ず買うであろうという信頼が見えます。

 

ファンになった頃から感じていたけれど、本当にV6ってマーケティングがちゃんとされているなーと感じるし、売りたいのだろうけど、決して安易な売り方はしないところがかっこいいなぁと思います。私がファンになりたての頃は完全に知名度が岡田井ノ原ツートップ時代だったのに、CDやDVDでは2人が全く押されていないことに驚きました。当時だって2人の知名度を利用して売り出せば、きっと売れたと思うのです。でも、V6の世界ではそれは決してしませんでしたよね。他にもいろいろ普段見ているテレビの世界や、私がぼんやり感じていたV6への印象と、実際の「V6の世界」って全然ルールや認識が違って、それはファンの方々と周りのスタッフさん達とV6が守り続けて来た秩序なのだと感じました。

 

 

 

まぁそんな素晴らしいアルバムが発売になった訳で、これから楽しく聞き込みたいと思います。初回限定Aは、全曲MV付きですよ〜!今はNeverが、曲&振り付け&MV全てにおいてお気に入りです!

I knowみたいに、私はV6が指を振り振りしているダンスが大好きなようです。

 

 

そしてここからはアルバムの楽曲自体の感想じゃなくて、本当、ダメなファンって感じですが、

 

初回Bと特典に関しては、あ〜剛健って、宇宙…

 

と、何度目かの感動を覚えたので、綴りたいと思います。

 

 

neverのメイキングのの2分37秒から、剛君がゆっくりと振りの確認をしているところを30秒くらいかけて映しているのですが、そのゆっくりとした剛君の動きが本当にきれいで繰り返し見てしまい、全く前に進みません。もっと見たいな〜ずっとゆっくり剛君が振り付けを確認している特典とか欲しいな〜と思い、そして、心から思ったのです…健君いいなぁ、こんなにかっこいい圧倒的カリスマ剛君の踊りをずっと特等席で見る事ができるなんて、本当に羨ましくて、幸せものだ!(*私は健担です)しかも、その権利はジャニーさんに反抗してまで自分自身の力で勝ち取ったものなのだと考えると、なんかもう、健君に感謝の心が止めどなく湧いてきまして…。

 

この気持ちは沖縄トニセンカミセン対決を見ている車内での剛健+オカダ君の会話を見ているなかでも沸き上がってまいりして、剛君は健君にたいしてなんのためらいもなく会話できるのだな、何もかも分かっているのだな、いまだに顔が大好きなんだな〜ということがビシバシ伝わってくる映像。

もしも健君と同じグループになっていなかったら、私たちは剛君が、例えば1人でドラマに出ている時のような、少し緊張して、周りに気を使っている表情しか見ることはなかったでしょう。

 

そしたら、今ほど好きになっていたかな?と思うのです。

 

 

2人が出会ったから、同じグループであることを健君が勝ち取ったから、20年続けて来たから、こうして、剛君というカリスマの、柔らかかったり、楽しそうな表情を、ファンがお裾分けさせてもらえるのだ。それって、すごいことだよなぁ、と、そのありがたみを超感じてしまいました。

 

そしてこれってジャニーズというグループの確かな強みだとも思っております。

 

今をときめくかっこいい俳優さん達も、当然色々な人達に見せる色々な表情をもっていると思うのです。でもその表情は、プライベートで限られた人にしか見せないだろうし、テレビやファンには向けられることはないですよね。でもジャニーズで、グループに所属していたら、「メンバーにだけ見せる特別な表情」というものをファンはおすそわけしてもらえることができるのです。そして、その表情がとても素敵なんですよね。そうしてより一層そのメンバーを好きになって行くという現象が起こります。まぁいわゆる相乗効果であり、グループに所属していることで、よりたくさんの表情や、魅力を知る事ができますよね。これって、ジャニーズグループに属しているメンバーだけの特典だし、強みだなと思っております。

 

 

久しぶりにテレビをみたら「くぅーーー」ってなった話

我が軍の複数形はなんなのだろうか?

我が、軍隊?

 

とにかく、我が軍隊、V6、セクゾン、Kinki、そしてSMAPは、あまりテレビに出ない。

そして、私は普段テレビを観ない。家に居る時は全くテレビはついていないし、我が軍隊のたまの番組は基本録画だ。

 

 

しかし2017年4月22日、本当に久しぶりに、放送5分前からテレビの前に正座して、飲み物とか用意しちゃったりして、私はwktkしながらテレビの開始を待った。

 

 

そう、スマステ、2017年4月22日放送、中居君のゲスト回を。

 

 

中居君がゲストにでると決まってから、放送の日を毎日本当に楽しみにしていた。

 

 

そして開始してからの気持ちを、一体全体どう表したらいいのだろう。

 

なんだろう、本当にもう、1年以上ぶりのこの気持ち。

 

 

にこにこにこにこ笑う中居君と慎吾君をみて、なんかもう、本当に、

 

 

「く〜〜〜〜〜っ」ってなった。

 

 

 

そうだ、これだ、このときめきだ。

これが「好き」ってことだ。

思わずにこにこしちゃうこの感じ。

そうだ、私、サタスマコンビが大好きなんだ。

 

小学生のとき、毎週スマスマを観ていたときの、幸せな気持ち、そんな気持ちを思い出した。

 

 

 

テレビの向こう側にいる「アイドル」が好きって、この気持ちだ。

こういう幸せな気持ちになるってことだ。

 

そして、そういう気持ちになるために、自分はテレビを見るのだよね。

嫌な気持ちになるためなんかじゃない。

 

 

と、改めて思ったのでした。

 

 

 

 

Some girl' SMAP 2016年12月31日 

 

中居君のラジオ「中居正広のSome girl' SMAP」の2016年12月31日放送の文字おこしです。「Some girl' SMAP」という名前では最後の放送となりました。

 

 

友人や同僚と話していると、そして他のジャニーズグループのファンブログ上ですら、「SMAP」に対し、報道を鵜呑みにしている方々が多く見受けられます。

これは本当に仕方がないことで、私自身もファンではない対象に対しては、そんなものだと思います。

 

もちろんファンだって、報道の何が真実なのかなんてわかりません。でも、少なくとも「何が嘘か」はわかると思うのです。そして、それが、そのままにされているのは悔しいんです。

 

このブログを読んでいただいている方は、実は1日に400人くらいいらっしゃいます。きっと皆アイドルファンで、それぞれ自担の扱いや報道に対して「悔しい」想いをしたことがあると思います。この1年、私はSMAPファンとして、何度も「悔しい」思いをしました。

 

 

 

でも中にはファンではない方でも、「SMAPxSMAP」の「世界に1つだけの花」を観て、「報道」と「現実のSMAPの表情」の差異を感じた方は多かったのではないかと思います。

 

そして、今回文字おこしする中居君のラジオも、今回のことに、興味がある方も無い方も、聴いてほしいなと思います。

 

 

完全な文字おこしではございませんので、可能であれば、ぜひ音源を探して、聴いていただければと思います。本来よくないことであることは理解していますが、このラジオに関しては、どうしても肉声で聴いてほしいと思っています。

 

 

ここからは余談です。

 

この1年間、多くの人がSMAPの報道に対し、「不仲説」を受け入れたのは

「安心したいから」

という側面もあったのではないかと思います。

「国民的」であるが故に、その後ろにある報道の規制とか、闇とか、芸能界のルールとか、そういうものを直視するよりも、「メンバーの不仲説」の方が、簡単で、安心で、納得できます。

 

今回私は大好きなSMAPのことだから、その説明を受け入れる事はありませんでした。

でも、きっと私は他のことで、「安心したいから」、簡単で、偽物のカモフラージュを受け入れていることがたくさんあるのだろうなと思いました。報道を鵜呑みにしてはいけない。大切な事は、きちんと自分で考えて、調べて、そして行動しないと行けない。

そんなことを考えさせられた1年でした。

 

 

SMAPのラジオは2016年の1月から、ラジオの途中や放送終了直後(2〜3分以内)でラジオの内容がネットニュースの記事になることが何度かありました。つまり、放送する前からニュースサイトにラジオの文字情報が提供されており、おそらく記事内容も指示されていたのではないかと思いわれます。

 

そのような状況ですので、このラジオにおいても中居君が100%言いたい事を言えている訳ではありません。

 

それでも、「声」には真実があると思います。

なので、ぜひ、肉声で聴いていただきたいと思うのです。

 

 

 

 

中居正広のSome girl' SMAP 2016年12月31日放送

 

 

 

 

どうもこんばんは、中居です。さてさて、2016年大晦日、幸か不幸か。31日ですか。ねえ…。ん~。神様は僕にこの31日という日を、どういう意味で与えてくれたのかなぁって。何で31日なのかな。これは何か意味があるのかな、って僕は勝手な解釈をしようとしていますけど。31日か…。ちょっとお話ししましょうか。お話、しなければいけないこともあるのかなあと思っております。始まります<中略>僕は今年44歳なんですが、今までやっぱりこう…習ったことのない一年だったんですね。今年過ごした日々というのは、教わったことのない一年だったんですよ。<中略>だから、正解が…わかんないときもありましたし、何が正しいのか、もう何周も何周もしてたんですけどね。


だからすべてが正しいなんて、僕は自分が正しいなんて、本当に思ってないですね。人間の進化を問われる一年だった。それを僕は感じたかな。


あとね……だれも悪くないんです。

 

うん。あの、こういうふうに言いますと、「僕、悪くないです!」なんて言いたいわけじゃないですよ。此の期に及んで。そんなに認めてもらいために、好かれたいためにとかそういうことじゃないんで。<中略>
僕 比較的ネットとか見ない方ですけど、耳に入ってくるじゃないですか。それでウマくいくならどうぞどうぞ…みたいな感じで。

 

誰も悪く…うん。
誰も悪くないんですよね……。

 

ちょっと年が明けたら、そっとしてあげたいなっていうのありますよね。

メンバーは今年一年、ほんとによく頑張りました。

 

よく踏ん張ったと思います。いろんな思いがあったと思います。

もういろんな思いが入り混じって、複雑な思いだっ たと思います。

みんなも習ったことない一年ですから。

よく頑張ったなと思います。

 

最後まで、しっかりSMAPを務めたと、僕は思います。労いとか、お褒めの言葉を、あげてほしいなって思いますね。

 


それと、僕ね、ずっと言わなければいけないなと思ってて、伝えたくてね。

日頃ね、ネットとか週刊誌とか見ないんですが、さすがに僕にも情報が入ってくることがあって。

「37万人以上の署名」云々とか、

世界に一つだけの花」購買運動とか、

ベストアルバムに投票してくれたこととか、

SMAP25周年に各地でそれぞれのイベ ントをしてくれたこととか、

新聞の広告欄にメッセージをくれていることとか、

 

しっかりと…真っ直ぐに…僕の目にも、耳にも、何より 僕の心に、みんなのすべての想いっていうのが、ちゃんと届いてます。うん。

 

お返事のタイミングを失っちゃったわけじゃないんですが、見てないふりをしようとかノーリアクションで通そうとかじゃなく。お返事遅れちゃいましたけど、もう、ありがとう。ありがとうでいっぱいです。

期待に応えられなくて申し訳ない…でいっぱいです。


いつもの僕なら「うっぜー」とか「重いんだけど」とか「キモいんだけど そういうの」とかね、そんなことも言えなかったなって..。

みんなの想いが純粋に満ちていて、純粋に受け取りました。ほんとに返事が遅れて申し訳ないと思います。


1月以降とか8月以降とかラジオにも沢山ハガキが届いていて、放送で紹介もできなかったハガキとか、僕、ちゃんと読んでますから。

 

読んでますから。

 


アルバムの特集、ね。アルバム。全部聴きました。ノンストップで一気に聴きました。最初、あの、複雑で、正直聴けないかな…ちょっと無理かな…止めておこうかな…と思ったんですけど。

これってSMAP側から出してるアルバムですが、なんだろうね、ファンの子たちから出たアルバムなんじゃないのかなって。


さっきの署名運動とか購買運動とか、新聞の広告欄とか、そういう気持ちを受け止めるためにも、しっかり聴かないといけないなって。てめぇの都合でスルーしちゃダメだなって。これは逃げちゃだめなんだぞって。


感想を言いましょうか。(鼻をすする)


SMAPを、僕は一番近くで見てますし、SMAPを一番肌で感じてますし、SMAPファンでもある僕としては、みんなとほぼほぼ変わらない選択だったかなって。そんなベストアルバムだなーって。「あ、結構一緒じゃん!」って思いながら聴かせていただきましたね。これ入るんだ、これ入らないんだって曲…あんまりなかったかな。みんなと一緒でビックリしましたね。3枚あるんですけど、発売順に並んでて、キャントストップから始まって、次ベストフレンドなんですよね。 「早っ!」って思いながら。1枚目とか、みんなどんな思いで選んだのかな?みんな結構一緒じゃん、って思いながら聴いてましたね。

 

 

それでは、エンディングに向かいたいと 思います。


さて、お別れですね。もっともっと言わなきゃいけないこととかね、あったと思います。ね、今まで携わってきて、スタッフの方とか共演者の方とかタレントの方とか、全部全部ですが、…まぁこの辺で勘弁していただきたいなと思いますね。


少し来年はゆっくりしたいなって。28年っていうのは全然あっという間だったと思わないですし、僕は性格的なものなのか、前ばかり向けるタイプじゃないですし、自分がどこで立ち止まったのかな、どこで迷ったのかなって、どこで道草くったのかなっていうのを、ちゃんと確かめながら進みたいタイプなんでしょうね。


これからも道草したり、寄り道したりすることあると思いますし、来年は、来年はどういう風にしていこうかなって、全く考えてないんですよね。ゆっくり、しっかり、噛み締めながら進んでいきたいなって、思いますね。本当にあの、相葉君とか、今 大丈夫なのかな?って思いますね(少し笑い)。ちゃんとやってるのかなって。うん…。
いま僕が、どこで何をしているのかわからないですね。



あのー勝手ですみませんが、僕のワガママというか、僕の好きに締めさせて頂きたいと思います。

最後あの、一曲お送りしますが、これはあの、僕の一心で決めさせていただきました。曲紹介も別にするつもりないんで。それでは。
えーサムガールSMAPも最後、ですね。「SMAP中居正広」としても最後の放送です。

勝手ながら、締めさせて頂きたいと思います。(水を飲む音)ちょっと声、張りますね。いいですか?

 

しんごー!
つよしー!
ごろーー!
きむらー!
SMAPーー!!
じゃあねー!

ばいばーい!!!

 


曲「♪SMAP/S.M.A.P」

 

 

 

 

SMAPxSMAP

 

私の家では子供の頃「夜9時以降」にテレビを見るのが禁止されていた。

その中で「特別許可」が出て、唯一見るのが許されているのが「SMAPxSMAP」だった。今から考えると、ただ単に母も見たかったから特別許可が出ていたのだと思うのだが。

当時はビデオだったから、今ほど気軽には録画したり見返したりできなかった。だからだろうが、私は1回1回を真剣に見ていて、SMAPxSMAPに関することを、奇妙なくらいよく覚えている。

 

26日に過去の映像を見た時も、あぁ、そうだ、中居君こんな表情していたなとか、このコントのあの回がとても面白かったなとか。細かい表情や言葉尻まで思い出す事ができた。

 

中居君という人は、言葉のセンスの塊で、そのセンスでのし上がった人だと思っている。だから、私はこの1年間ずーっと中居君の言葉を待っていた。でも、ついに中居君が自分の言葉でしゃべることは無かった。

ここまで言葉がないということは、それ自体に意思を感じる。それだけが、唯一の抵抗みたいだった。

 

それでも最後の「世界に一つだけの花」の、あの中居君の手の振りを見たとき、この1年間ではじめて中居君の「言葉」を受け取った気がした。

 

 

 

 

1、2、3、4、5、と数えて、一度閉じて、また手を開いて、手を振る

 

 

 

 

中居君て、手がとても綺麗なのだ。

あ〜中居君、手が綺麗だな、動作が綺麗だなとか、そんなその場にふさわしくないことを思いながら、それでもここで一度終わってしまうのだという寂しさと悔しさやら何やら、本当に色んな思いがこみ上げてきた。

 

 

それが本当はどういうメッセージなのかは、わかることはない。

でも、私が一番待っていた言葉は、「またね」の一言だった。

私はその言葉を受け取れた気がした。

 

 

 

全く寂しくないのは、復活を確信しているからだ。

ありがとう、SMAP、これからも、どうぞよろしく。

 

 

 

 

そして、ありがとうSMAPxSMAP!

エンディングトーク大好きだったな。いつも眠そうだった。特に印象に残っているのは「泳げたい焼きくん」で木村君の子供の頃が載った新聞記事もってきたやつ。やっぱりスターは小さい頃から持ってるんだなぁと思った。皆の靴を持ってきて並べるやつも印象に残っている。たまに私服で出ていて、「お洒落だな」と思っていた。「オレンジ」の好きなところを話すところで、中居君が木村君の「まで」が好きと言った時、「わかる!」と叫んだ。ライブ終わりはどんなにスタッフの人が居ても必ず5人で固まる「パーティ下手」な5人で、5人の席から外れると、漂流したような気持ちになると言っているのを聴いて、「見た目は怖いのにかわいいところがあるのだな」と思った。ライブの朝食のホテルで納豆がなくて、マネージャーさんに納豆を買いに行かせたと言っていた。慎吾ちゃんがマネージャーさんのモノマネをして、女性の言い方で「あの納豆バカ」と言っていたのを見たとき、将来の夢は「SMAPのマネージャーさん」になった。飯島さん。コントはすいかの名産地が妙に好きだった。エンディングトークで吾郎ちゃんが「い〜い曲だよ」としみじみと言っていた。スイカを食べる度思い出す。中居君と慎吾君の兄弟みたいな関係性が大好きだった。年越しのとき、曲中にやってきた中居君のためにマイクを持って、立ち位置までエスコートして、一緒に笑い合う姿が印象的だった。生放送スペシャルはそんなに好きではなかったけど(ゲームしているだけなので)中居君と慎吾君であっち向いてホイをして、どうしても慎吾君が中居君に勝てないのが可愛かった。歌で印象に残っているのは、吾郎ちゃんが復帰後に「Can't Stop-loving-」をやったとき。白い衣装を着て、超嬉しそうに踊る中居君が可愛くて、何度も巻き戻して見た。アイドルキックオフ大好きだった。帰れなくなって、どんどんテンション上がって行く木村君大好きだったし、「中居君こういうの大好きでしょ」ってメンバーから指摘される中居君がなんだか好きだった。私服でよく出演していたし、たまに彼ら自身のまるでプライベートみたいなドキュメンタリーみたいな、実験的なコントをやるのも好きだった。遅刻のやつとか、「真夏の夜の夢」とか。26日にもやったメンバーの裁判も衝撃的だった。慎吾君のテープも、2TOPの高校時代も、「すごいね!」と言いながら母と興奮しながら見た思い出がある。子供心にこの人達は、「捧げている」と思った。何にかは分かっていなかったけど、多分、それは「エンターテイメント」にだったと思う。

そしてある日私の中でテレビが死んだ(=面白くなくなった)瞬間があって、その瞬間にスマスマも少し死んだ気がした。それでもずっと、気にして、見続けた。

 

 

こんなに大好きで、覚えていて、熱心にみる番組は、これからもう2度とないだろう。でも、そんな番組を毎週見れたこと、人生で出会えただけで、とても幸せだったと思う。

本当にありがとう、そして、またこれからも、どうぞよろしく。

 

 

 

 

 

CDシングルが10万枚売れているということ

Sexy Zoneの最新シングル「よびすて」の売り上げは約11万4千枚

V6の最新シングル「beautiful world」の初週売り上げは約11万6千枚なので、

ほぼマーケット規模が同じと言える。

 

V6の時にも感じたのだが、この「シングルが約10万枚売れている」アーティストって、「自分が売り上げに参加、貢献しているな」と思えるギリギリのラインだなと思う。

そう思ったのには理由がある。

私は長らく、ゆるくSMAPやKinkiを応援してきたが、「自分が彼らの活動に貢献している」という感覚に陥った事は1度もなかった。CDは良い曲だと思ったら買うし、ドラマや番組は面白かったら見る。多種買いなんてあり得ない。私がCDを買ったり番組を見る事が、彼らの活動には影響を与える事があるなんて考えた事も無かった。彼らを応援する潜在的なファンの母数はとてつもない人数がいるということを、なんとなく理解してたからである。

 

しかし、私がV6の「Sky's The Limit」というシングルが発売されたとき、人生で初めて初回ABと通常版の合計3枚を買った。なぜ買ったのかはこちらの日記に詳しいのだけど、それは「三宅健君のため」であった。そんな買い方をするのは人生で初めてのことであり、私にとっては革命的なことであった。

 

haru-michi.hatenablog.com

 

ところがである、前作「涙のアトが消える頃」が7万1千枚だったのに対し、この「Sky's The Limit」は約11万枚の売り上げとなった。約4万枚も前作より売り上げが跳ね上げたのである。

 

私は、これが、とても嬉しかった。

自分の中の革命が、売り上げの革命と連動していたのだ。

自分は売り上げに貢献したのだという強い実感があった。

 

 

そして、強く思ったのだ。

 

 

「次のシングルも、買わないと」と。

 

 

 

彼らの20周年が迫っているのは知っていた。1度「売り上げ10万枚」の壁を越えたのだから、このまま良い売り上げの状態で、20周年を迎えさせてあげたい!と思ったのだ。

 

こう思ったとき、私はV6のファンになった、と感じた。

…というか、「これがファンということか」と思った。アイドルのファンとは、こういういう気持ちになることなのかと、理解した。

 

 

 

 

 

さて、ここから、私がV6の時に感じた、シングルが10万枚売れるアーティストの、ざっくりとしたファンのイメージの内訳を書こう。ちなみに私はシングルが10万枚売れるアーティストとは、収容人数が1万3千人の代々木第一体育館を埋める事ができる数のファンがいるアーティストである、と思っている。

これはあくまで妄想であり、当然ちゃんとしたデータではないのであしからず。

 

*前提として、初回特典盤は2種類、通常版と合わせると3形態ある場合とする*

 

 

①5000人程度いる「ガチ勢」…3万枚シングル購入

コンサートは全ステを目指し、観覧なども可能な限り参加する、プロのファン。

シングルは必ず全形態(3種)購入。保存用や布教用も合わせて、各形態2枚づつ購入。結果平均6枚購入。状況によっては30枚とか購入する意思がある。

5000人いるとすると、このガチ勢によって通常「3万枚」シングルが売れる。

 

②2万人程度いる「ヲタ勢」…5万枚シングル購入

いわゆる「ファン」。シングルは基本的には全種類購入。通常版は買わない事もあるため平均2.5枚購入とする。コンサートは可能な限り参加。

2万人いるとすると、この「ヲタ勢」によって、通常「5万枚」シングルが売れる。

 

③?万人程度いる「流動勢」…約2万枚シングル購入

歌番組で気に入った一般の人々。また、通常は他のグループを応援しているが、動向は常にチェックしており、気に入ったらシングルを購入する人々。コンサートは誘われたら参加。この流動勢がどこまで購入するかで売り上げが左右される。

 

 

シングルが10万枚売れるというということは、

約2万5千人程度いる①と②の「ガチ勢」「ヲタ勢」という所謂「ファン」により「8万枚」程度売り上げ、後は「流動勢」の動向によって売り上げが増減するという理解だ。

 

 

さて、「自分は2万5千人いるファンの内の1人である」という感覚。

 

この2万5千人という数字を、「多い」と感じるか、「少ない」と感じるか。

私は断然「少ない」と感じる。

 

そして、少ないけれども十分な人数であると感じる。

ちょっと強引な話だが、例えば2万人いる「ヲタ勢」が、なにかのきっかけで全員が結束し、普段はCDを2.5枚しか買わないところを6枚購入したとしよう。

すると売り上げは一気に12万枚となるのだ。自分の購入した枚数により、売り上げが一気に跳ね上がる力を持っている。

逆に言うと、自分が買わないと、売り上げが落ちてしまうかもしれない。という恐怖心もある。どうにか「10万」の壁は越えさせてあげたいと思った時、2万人いる「ヲタ勢」の動向により売り上げが左右されるような気がしてしまうのだ。

 

 

 

また、V6の20周年に際して、ファンは本当に一枚岩で頑張っていた。

可能な限り雑誌を購入し、テレビを宣伝していた。すると、眼に見えて歌番組や雑誌における扱いが変わって行くという過程を目の当たりにした。「2万5千人」という一見少ないと思われる母体であっても、協力すれば売り上げに影響を与える事ができる人数だ。企業やレコード会社も、SNSを見ているのかな?と思うような発言もあり、CMに出た商品を買ったり、SNSで要望を発信すると、また次に繋がるかのように見えた。

 

これらはすべて「そう見える」だけであり、実際はわからない。

そして、言うまでもなく当然ながら、アーティストの活躍はアーティスト自身の努力のたまものである。

 

でも、そう「思える」人数、「自分が売り上げに参加、貢献している」と錯覚できる人数が、シングルが「10万枚売れている」アーティストだと思う。

 

 

 

さて、ここからはセクゾンさんの話である。

 

とりあえず、当面セクゾンさんが目標とすべきは「シングルが20万枚」売れるアーティストだろう。

私はシングルが20万枚売れるアーティストとは、収容人数が4万5千人の東京ドームを埋める事ができる数のファンがいるアーティストである、と思っている。

 

シングルを20万枚売り上げるのはどうすればいいのだろうか?

強引だが、単純に倍の人数にしてみると、ガチ勢とヲタ勢で合計5万人のファン母体が必要だ。

 

 

これはもう単純に、「流動勢」を「ヲタ勢」へと持って来るしかない。

シングルを出すごとに、流動勢を、5000人づつでもいい、「ヲタ勢」へと変化させなければならない。

 

これって、ものすごく大変なことである。

 

シングル1枚1枚が真剣勝負だ。

 

 

 

今回「よびすて」が1位をとれないかもということで、私も1枚だけシングルを購入した。SNSを見ていると、やはりセクゾンさんのファンは年齢が若く、CDをそんなに何枚も買えないよなぁと思う。

ただ、ここまでのセクゾンさんの5年間って、決して「売らせる」ような売り方ではないように見える。彼ら自身の経験値を高めることに重きをおいていて、爆発的には売らせないような売り方だったように見える。

 

 

しかし、5周年のアルバム発売において、ポニキャさんの宣伝は、私の思うシングルが10万枚売れるアーティストの宣伝の域を大幅に越えていた。もう売る期満々である。

 

 

メンバーも、周りのスタッフさん達からも、「やってやる」という気合いを感じる。

ここからセクゾンさんたちが、シングルが20万枚売れるために、どのような攻撃を仕掛けてくれるのか、私はとても楽しみである。

 

 

 

 

 

 …と色々書いたけれど、私は「CDシングルが10万枚売れているグループのファンであること」って、とても幸福なのではないかと思っている。

自分が売り上げに参加、貢献していると感じられるし、番協やコンサートも当たりやすい。グループとの距離も物理的に近い。代々木だと肉眼で見れるけど、ドームだと遠くにいっちゃうよ。

 

セクガルさん達もいつか「追いすて」したことが笑い話になるくらい、Sexy Zoneは遠くに行ってしまうかもしれない。だからこそ、ぜひ今の、今だけの距離感を楽しんでほしいなと思う。

 

 

名字で呼び出す人達

ジャニーズグループにおいて、年齢を重ねるにつれて名前から名字で呼び合いだす現象は切ないという話

 

 

 

「年齢を重ねるにつれて名前から名字で呼び合いだす現象」の切なさを一番最初に教えてくれたのは中居君だった。

 

私が物心付いた頃からテレビでその姿を見ない日はないSMAP

 

中居君は、年下組をずっと「慎吾、剛、吾郎ちゃん」と名前で呼んでいた。それが「香取さん、草薙さん、稲垣さん」と、名字で呼ぶようになったのはいつからだっただろうか。私はそれがとても嫌だった。

 

中居君はラジオで「年齢とともに、対外的な印象を考えて意識的に呼び方名前から名字に変えた。5人だけの時とか、ファンの人の前(コンサート)では今まで通り名前で呼ぶ」という趣旨の事を言っていた。

 でも私は中居君の元々のメンバーの呼び方が好きだったし、そんな常識的な事言わないでほしかった。彼らが10代の頃から積み上げてきた距離感を急に否定されたような気がしてしまった。

 

この「嫌な気持ち」をよくよく考えたのだが、何が一番嫌なのかというと、自分自身(ファン)に対しても距離を置かれたような気持ちになったからではないだろうか。と思っている。

まるで、ファンに対しても、今まで名前で呼んでくれていたのに、名字で呼ぶようになってしまったような、そんな心の壁を感じてしまったのだ。

セクゾンさんも新曲「よびすて」で「君の名前よびすてで呼んでみた 一瞬で 世界が変わったよ」と歌っているように、呼び方は世界を変える力があると思う。「名前から名字に変える」のって、この「よびすて」のシチュエーションの逆だからね!

 

そんなわけで、私はジャニーズグループにおいて、年齢を重ねるにつれて名前から名字で呼び合いだす現象は好きではない。

 

…とはいえその発想はなんとなく「中居君らしい」ものであり、「うっかり名前で呼んじゃったとき萌え」という新しいジャンルを提供してくれたものだ。

だがしかし中居君は鉄の心をもっているので、知る限りではこの数年間で1度もその萌えが提供されたことは無い。

 

 

そして、この現象は他のグループでもおきている。

 

 

例えばV6の岡田君。

(グループを超えるけども)「嵐にしやがれ」のゲスト回では、「木更津キャッツアイ」で共演した櫻井君を、「バンビ」という役名から「櫻井くん」と名字で呼ぶようにした理由を訪ねられ、岡田君は「もう若いままの櫻井ではないから」と答えていた。翔君は、少し寂しいような、複雑そうな顔をしていた。

 

 V6の剛健コンビも、「三宅」「森田」と名字でたまに呼び合い、ファンを悲しませているようである。でもこれは正直中居君に比べると全然脇が甘く、ぼろぼろ名前で呼びあっている。

 

そしてセクゾンちゃんのふまけんコンビも、「対外的な面と、フルネームで知ってもらおうと思って」とかいうそれらしい理由で下の名前呼びを封印しているらしい。けど、それ、やっぱ、まだ早いと思う。もう少しシンメとして売り出してからでよくない?

 

 

どうしてこんなこと急に考えたのかというと、

 

先日のSONGSのKinkiゲスト回にて、Kinkiの2人が「こぉいちが」「つよしくんが」と20年間変わらずに呼び合う姿を見まして、

 

 

Kinkiって、同じ名字だから、どうしても名前でしか呼び合えないの最高だな…

 

 

 

と思ったからなのでした。

同じ名字って、やっぱりdestiny…

 

 

 

どうして「愛のかたまり」が大切なのだろう

 

SONGSのKinkiさんを見ました。

 

「愛のかたまり」を聴くたびに「重いなぁ」と思うのですが、その「重い愛」に、私はどうしても「Kinkiという2人」を投影してしまいます。というか、この曲は「Kinkiの2人のこと」だと、確信して聴いています。

 

こ れは決して変な意味でも真実でもなく、「これは2人のことなのでは?」という「暗喩」は意図的に行われていると感じるし、そういう妖しい「演出」として彼 らは歌っていると思っています。「愛のかたまり」、略して「愛かた」=「相方」ですからね。(なので後輩さんが歌う時には、その妖しさを出すことを意識 すればより本家っぽくなるのではないかと思います)

 

この曲の最後の歌詞は

「最後の人に出会えたよね」

で終わります。あれだけの重い愛を歌い上げているのに、最後は疑問形であり、出会えたよね?という不安を残しているのです。

 

その揺らぎと脆さこそが「Kinki Kids」だなと思っています。

 

 

 

私は「Kinki世代」であり、Kinkiとは、超絶対的な「アイドル」です。小中学生の頃、ジャニオタとか関係なくクラスの女子は全員Kinkiが好きで、好みのタイプは「剛派か光一派」かで語り合った。これは比喩でも誇張でもなんでもなく、本当にそうだったのです。

 

 

Kinkiの2人がソロワークを始めたり、剛さんがカメラを見れなくなった頃、私はまだ子供で、アイドルの2人が大好きだったので、正直、「もったいない」と思いました。

このままスーパーアイドルとしての道を駆け抜ける事が出来るのに、どうして歩みをとめてしまうのかと感じました。

 

特に剛さんが、だんだん踊らなくなり、アイドルらしからぬビジュアルになったときは、どこか「裏切られた」とすら思ったのです。私が信じていた偶像を破壊されたような気持ちになりました。

その後も2人のことは好きだけど、やはり歌っている時の2人の中に「昔の2人の面影」を探しているときがあるし、「昔はよかったのに」と懐古してしまうこともありました。

 

でもその時期がないと今の2人はないと彼ら自身は言うし、今の2人の自然な在り方を見ていると、あそこでKinkiの2人が「アイドル第一章」に一度区切りを付けたのは、必要なことだったのだなぁと感じます。

 

正直に言って、そんな風に思えたのは本当に最近のことで、そう思えたことは私にとっては革命的なことでした。

 

そう思えたのは、「愛のかたまり」をテレビで歌う2人が、見るたびにどんどん素敵になっていくからです。

 

あのままずっと「アイドル」を守っていたら、きっと2人はこんなに素敵に愛のかたまりを歌い続ける事はできなかったかもしれないと思ったとき、なんとなく私の中の「過去の2人の栄光を知っている」という呪縛から、解き放たれたような気がしました。

 

 これからもきっとどんどん素敵になっていく「愛のかたまり」を見せてくれるのだろうな、と思っています。そして、いつか愛のかたまりを超えるような2人の共作が発表される日を、私はとても楽しみにしています。